家事が回らない毎日で気づいた、やめてよかったこと5つ

家事が回らない毎日で気づいた、やめてよかったこと5つ

家事が回らない。
終わらせても、また次の家事が出てくる。

やることは山ほどあるのに、時間も気力も足りない。
そんな毎日を過ごしていました。

フルタイムで働きながら、小学生の子どもと80代の母の介護を自宅でしています。朝は家事を一気に片づけ、毎朝走って駅へ向かう日々でした。

「家事がしんどい」「家事に疲れた」
そう感じながらも、生活は続いていきます。

この記事では、家事が回らない毎日の中で、無理を続けるのをやめて楽になった考え方をまとめています。
同じように疲れている方の、ひとつの参考になれば嬉しいです。

家事が回らないと感じていた私の状況

時間も気力も、いつもギリギリだった

フルタイム勤務をしながら、小学生高学年の子どもを育て、80代の母の介護もある生活。
夫も親の介護があり、夫婦それぞれの実家で生活をしています。

平日の朝は、とにかく時間との勝負でした。
家事をまとめて済ませ、駅までは毎朝走るのが当たり前。体調が悪い日は駅で少し休んでから通勤することもありました。

それでも「気持ちで何とかなる」と思って、無理を重ねていました。

ただ、体力が落ちてくるにつれ、家事が回らない、家事がしんどいと感じる場面が増え、小さなことでイライラしてしまう自分にも気づくようになりました。

家事が回らなくなった原因は、頑張り不足ではなかった

やることが多すぎた

1日の大半は仕事に使われ、帰宅後も家事や子どものこと、母の介助が続きます。
週末は平日にできなかった家事をまとめて片付け、体調を整えるだけで終わることも多くありました。

「忙しい」のではなく、常にやることが詰まりすぎていた状態だったのだと思います。

一人で抱え込もうとしていた

仕事も、子育ても、介護も。
「自分が頑張れば何とかなる」と思い込み、助けを求める発想がありませんでした。

実際、ギリギリではあっても生活は回っていました。だからこそ、「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせていたのかもしれません。

「ちゃんとやらなきゃ」という気持ちが強すぎた

良い母でいたい。良い娘でいたい。
その気持ちが強く、家事も含めて「きちんと回すこと」にこだわっていました。

けれど40代半ばになり、気力だけではどうにもならず、心も体も少しずつ不安定になっていったのを感じていました。

ここまで振り返ってみて、家事が回らなかった原因は「私の頑張りが足りなかったから」ではないと、ようやく思えるようになりました。

そこで私が意識的にやめてみたことがあります。
全部を変えたわけではありません。
ただ、手放しただけで、驚くほど気持ちが楽になったことがありました。

私が家事が回らない状態から少し楽になるために、意識的にやめたことは次の5つです。

①すべての家事を同じ優先度で考えること

家事が回らないと感じていた頃は、すべての家事を同じ優先順位で考えており、家事は毎日終わらせなきゃと日々必死にやっていました。

でも、体力や時間が限られている中では、全部を同じようにやるのは難しいと感じるようになりました。

そこで、私なりに優先順位を決めました。

項目考え方・基準優先度
食事生きていくうえで一番大切なこと。食事を最優先にしました。
お風呂掃除体調を保つため、1日1回は入浴したい。夏場はシャワーだけでも良い。
洗濯明日着る服が用意できていれば十分。完璧に回さなくてもよい。
掃除よほどの汚れでなければ毎日やらなくても大丈夫。できないときは、できるときにまとめて行う。

家事を減らしたというより、「考え方を変えた」だけでした。

家事が回らないとき、「全部できない自分」を見るのではなく、「今日はここまでできた」と考えるようになったことは、大きな変化でした。

②ちゃんとした母親、ちゃんとした娘でいようとすること

良い母親でいたい。
良い娘でいなくてはいけない。
そう思って、できる限り自分が頑張る方向で、仕事も家事も育児も介護も頑張ってました。

しかし、40代中ごろになり、気力だけではどうにもならなくなってきました。
疲れが抜けず、気持ちも不安定になり、認知症の母に対して強い言い方をしてしまうことが増えていました。

それを見て、子どもが気を使うようになっていることにも気づきました。
おびえるような表情をしていることもあり、はっとしました。

完璧な母親、完璧な娘でいようとすることが、家族全体にとって良い結果になっていないと感じたとき、その姿を目指すのをやめようと思いました。

③毎日違うメニューを考えること

家事がしんどいと感じる原因のひとつが、食事の準備でした。
毎日違うものを考えることが、思っていた以上に負担になっていました。

今は、平日はほぼ同じメニューにしています。
母の食事は、ごはん、野菜炒め(野菜に厚揚げをいれ炒める)、メインは肉か魚、卵料理を基本に固定しています。
1食分をお弁当のようにタッパーに入れることで、食べ過ぎや塩分の取りすぎを防ぐ意味もあります。
子ども用は、上記の他にソーセージや冷凍食品で一品追加して、なるべく飽きないように工夫をしてます。

もし他に食べたいものがあるときは、家族から意見をもらい、対応できる範囲で対応します。
献立を考え続けるのをやめたことで、「今日のごはんどうしよう」という疲れが減りました。

④介護を一人で背負うこと

母との会話は大切だと思っています。でも、私にとっては、その会話が重荷になっていました。
話がかみ合わないときに「違う」と指摘してしまうのです。

母には初期の認知症があり、会話のなかで間違っていることを指摘したり怒ったりするのは良くないとわかっているのに、自分に余裕がなくなると、頭ではわかっていても、それは違うと指摘をしてしまうのです。

そこで、母との会話量を少し減らしました。
代わりに、同居していない私の姉や、訪問看護師さんやデイサービスなど、母の話し相手をお願いするようにしました。

母にとっては、私以外の話し相手もでき楽しそうに日々を過ごしています。
私自身も、「話を聞かなくては」「話は肯定的に話さなくては」という重荷が減り、指摘することが減りました。

一人で背負わないと決めたことで、私自身の気持ちが少し落ち着いたように感じています。

⑤できない自分を責め続けること

「私がやらなくてはいけない」
「家事もできないのはいけない」
そうやって、自分を責める気持ちがずっとありました。

でも、家事が回らない日があってもいい。
疲れて何もできない日があってもいい。
そう思えるようになったことは、大きな変化でした。

家事に疲れたと感じるときほど、自分に厳しくなりがちだったのかもしれません。
できない自分を責め続けるのをやめたことで、次の日にまた動ける余裕が残るようになった気がします。

やめたことで、家事との向き合い方が変わった

家事の量は減っていない

やめたことが増えたからといって、家事そのものが減ったわけではありません。
実際、家事の量は今も変わってません。
母の高齢に伴い、お風呂の介助や、おむつ替えの手伝いが必要になる場面も増えてきました。
これから先、介護の負担が軽くなるとは限らないと感じています。

家事や介護がなくなるわけではない。
それでも、「全部ちゃんとやらなければいけない」という気持ちを手放したことで、毎日のしんどさは以前とは違うものになりました。

気持ちの負担が減った

一番しんどかったのは、家事の量ではなく、完璧でいなくてはいけないと思い続けていた気持ちだったように思います。

全部できなくてもいい。
今日はここまででいい。
たまには何もしない日があってもいい。

そう思えるようになったことで、自分をいたわる余裕が少しだけ生まれました。
家事が回らないと感じた日も、「また明日やればいい」と思えるようになったことは、私にとって大きな変化でした。

まとめ

家事が回らないと感じたとき、何かを足したり、頑張り方を変えたりする前に、やめられることがないかを考えてみました。

この考えは正解ではありません。あくまで私の場合の話です。

育児は子どもの成長とともに楽になっていくと思いますが、仕事は年々短時間での成果が求められ、介護は今後はより負担が増していくと思います。
より、効率化を進めていかなくては、と思ってます。

それでも、家事が回らない、家事がしんどい、家事に疲れたと感じている方が、少しだけ自分を責める気持ちを緩めるきっかけになればと思っています。
家事が回らないと感じたとき、「もっと頑張らなきゃ」と思う前に、やめられることがないかを考えるきっかけになれば嬉しいです。